【2020年6月の伝道掲示板】
死に向かって生きている以上、
皆、寂しくて当たり前
『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』
宮川さとし著より
[住職感話]
七日参りで、愛別離苦(愛する人と別れ離れる苦しみ)の渦中にある御遺族に向けて、必ず紹介する親鸞聖人の三つのお言葉があります。その一つが「なげきかなしまんをもいさむべからずと云々。」[訳]「亡き人を悼んで歎き悲しんでいるのを注意して、泣いては駄目と諫めてはいけません」です。よく通夜・葬儀・七日参りや法事の席で「いつまでもくよくよしては駄目。元気出してください。しっかりしてください」と耳にしますが、親鸞聖人は「悲しみのままに涙する、自然な素直なあり方を大切にしよう」と仰います。
漫画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』に紹介されている、家族の病気療養を理由に教職を去ることになった高校の先生が生徒たちに語られた「私たちはいつか必ず死にます。例外はありません、必ずです。我々は1分1秒と死に向かって進んでいる。ですから、死に向かって生きている以上……あなたたちも私も、虚しくて寂しくて当たり前なんです」と重なります。そう「皆、寂しくて当たり前」なのです。
宮川氏は、『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』そうです。一見猟奇的にも見え、誰にでも共感できる感情ではないことはわかっていても、「遺骨を食べたい」という思いが自分の中で一番強い感情のような気がして、このタイトルにされました。感情、想いを閉じ込めるのではなく、「ままに」、自然に、当たり前に表現できる場になるように仏事を創造していきたいです。