伝道掲示板 2020年5月
人は疫病で死ぬのではなく、
生まれたから死ぬのです
蓮如上人『疫癘の御文』(意訳)
[住職感話]
人類は誕生以来、さまざまな感染症(疫病・伝染病)と対峙してきました。そこで、西勝寺の歴代は、不治の病と言われた感染症に、どのように向き合ってきたのかを訪ねてみます。
まず、一人目、前々住職・祖父祐信は、若い時に肺結核に罹りましたが、命拾いしました。二人目、祐信の先妻・スミ(澄)は、ジフテリアに罹った御門徒の子どものお見舞いに行って伝染し、36歳で亡くなりました。前住職・父宣一が小学一年生になったばかりでした。三人目、祐信の妹・富士子は、京都のお寺に嫁いで、結核に罹って帰坊し、娘一人を残し32歳で亡くなりました。四人目、祐信の母・勝子は、腸チフスに罹った御門徒のお見舞いに行って伝染し、25歳で亡くなりました。五人目、祐信の祖父・第11代住職葆真は、避病院に一人隔離された勝子を不憫に思い看病したが、自身も腸チフスに伝染し、後を追うように59歳で亡くなりました。
「人は疫病で死ぬのではなく、生まれたから死ぬのです」
では、御先祖はどのように死を受け止めてこられたのか。かつて、故前住職は「法然上人も、親鸞聖人も、お釈迦様も離別が幼くしてあった。つまるところ「逆縁」という言葉になるのであろうが、そう片付けてしまうにはあまりに重い、人間が人間になるための悲の歴史を感ずる」と吐露しています。コロナ禍の今だからこそ御先祖との心の距離を密にし、たとえ感染症に対してはなす術がなくとも、生者・死者共に悲しみを分かち持ってこられた生き様に学ぶ時です。