人はみな大河の一滴

2022年1月のことば
人はみな大河の一滴
五木寛之『大河の一滴』より
【住職感話】
人は亡くなるとどうなるのか?
今も昔も変わらない、解けそうで解けない難問ですが、18年前に父が亡くなってからずっと考え続けています。その答えの一つが、「人はみな大河の一滴」です。
空から降った雨水は樹々の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸い込まれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する。その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の水の一滴が私たちの命だ。濁った水も、汚染された水も、すべての水を差別なく受け入れて海は広がる。やがて太陽の光に熱せられた海水は蒸発して空の雲となり、ふたたび雨水となって地上に注ぐ。
人間の生命は海からはじまった。人が死ぬということは、月並みなたとえだが、海に還る、ということではないのか。      『大河の一滴』(五木寛之著)より
「人生は旅だ」とよく譬えられますが、一滴の水を私たち人間と譬えると、空から降った一滴の雨水が、川になり、大河になり、やがて海へ帰り、一生を終えます。しかし、それで終わりではありません。海へ帰った水は、蒸発して雲となり再び雨水となって地上に降り注ぎ、やがて海へ還ります。
このように水が循環しているように、私たちの命も循環しているのです。そして、水が川、海、雲、雨、虹、雪そして氷と変化するように、私たちも永遠に変化し続けています。
私はこの事実を知って、ほっと安心しました。
なぜなら、人は亡くなっているんだけど、無くなっていない。どこにも行かず、私たちと共に生きているからです。
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